うめてらす

「うめてらす」由来とご案内

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防府市まちの駅 愛称「うめてらす」の由来とご案内

 「防府市まちの駅」が平成22年4月開設されることになり愛称を全国から広く一般公募した結果、724件の応募があり千葉県の有安忠夫さんによる「うめてらす」が愛称として採用されました。

 「うめてらす」の名称は梅は防府市の花木であり防府天満宮の御祭神である菅原道真公にもなじみが深い事と、防府市の観光資源の魅力を情報発信拠点として光が輝くように照らすという事、さらには観光客や市民が集い、憩える場所としてのテラスにもつながることによるものであります。
 ひらがな5文字で「防府市まちの駅」につながる言葉としての語感もよく、また親しみやすさを感じさせることから「うめてらす」が選定されました。
 
防府市まちの駅「うめてらす」はトイレ・休憩・観光案内・展示・特産品おみやげコーナーなどやお食事処があり、観光に役立ついろいろな情報を提供しています。「うめてらす」を拠点にさまざまな名所へ足をのばすことができます。観光の出発点として、また旅の途中の休憩所としてお気軽にご利用ください。
 

菅原道真と梅の花

 菅原道真は大変な努力をして広く学問をおさめ、学者として世の中の人々から高い尊敬をうけるようになりました。

道真は右大臣(うだいじん)という高い位に登りましたが、その人気をねたんだ左大臣(さだいじん)の藤原時平(ふじわらときひら)のたくらみで、とうとう901年に北九州の大宰府(だざいふ)の、今までより低い位の役人を命ぜられ都を去らなければならなくなりました。

九州へ向かって出発するときは、家の庭に梅の花が香り高く咲いていました。この梅に向かって詠んだ道真の歌は有名です。

こち吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな

このうたの意味は、春になり東風(こち)が吹くようになったら、主人がいなくても春を忘れないで匂い床しく花を咲かせよ、というもので梅をこよなく愛した道真のやさしい心がこめられています。

大宰府での生活はみじめで「かつて宮中(きゅうちゅう)で天皇からくださった衣服をおしいただいて当時をしのんでいます。」というような漢詩(かんし)を作ったりしたこともあります。気候風土が変わったためか体の調子をこわし、都の奥様から送られた薬もはかばかしく効かず、とうとう903年2月に59才でなくなってしまいました。

(ちなみに防府「当時松崎」には57歳のとき立ち寄られ大そう気に入られ長期に渡り滞在なされました)

 その後、都ではふしぎなことに雷が落ちて火災がしきりに起こったり、ほうそうという伝染病がはやったり、よくないことがつづいたので、人々は道真の霊がこのようなたたりをしているのではないかといっておそれました。

 そして道真を天神(雷の神)としてこわがったので朝廷もすてておけず、923年には道真に対し右大臣に戻し、正二位(しょうにい)の位を贈って霊を慰(なぐさ)めました。

 道真は梅をこよなく愛した人でしたから、道真の子孫である長南家(ちょうなんけ)は梅を家紋としました。今でも梅鉢(うめばち)を家紋とする長南家が多いのはそのためです。そして梅は小枝であっても火にくべるなとか、核(かく)を割って食べてはいけないとか、いろいろ梅にちなんだしきたりやタブーがあります。